終戦から79年を迎えた今年。8月は原水爆禁止世界大会をはじめ、各地で平和に関連する行事がおこなわれました。
はるか薬局でも、平和を学習する企画として「太陽の子」という映画を観賞しました。
太平洋戦争中、原爆の研究開発が京都大学でおこなわれていた、という史実にもとづく作品です。
まだ観ていない方のため、ここではくわしい内容にはふれませんが、劇中、アインシュタインとおぼしき声と、主人公が会話をするシーンが何度か挿入され、E=mc2という等式が幾度も出てきます。アインシュタインが発表した相対性理論の中でも、とりわけ有名な式です。
しかしながら、理論物理学者のアインシュタインが原爆の開発に実際に取り組んだわけではなく、この質量とエネルギーが等価であるという式がすぐに核兵器に結びつくわけでもありません。
科学史に関する資料をひもといて復習してみると、キュリー夫妻による放射性物質の発見ののち、ラザフォードにより原子核が見いだされ、シラードが核連鎖反応を考案し、ハーンらが核分裂を発見する、というように原子核物理学の知見がどんどん集積されていくのがわかります。
そしてアメリカのマンハッタン計画のもと、オッペンハイマーやフェルミらが主導して核兵器としての実用化が図られていきます。
ナチスが台頭するドイツがもし先んじて原爆を持てば、世界に破滅がもたらされる。狂気とも言える勢いで開発は進められ、爆弾は完成、日本の広島・長崎に投下されます。ドイツが無条件降伏をしたあとのことでした。
マンハッタン計画に関わった科学者たちはノーベル賞受賞者のオンパレードでしたが、戦争という狂気からは自由でいられなかったのでしょうか。現在の核開発競争や核戦争の危機を予見できなかったのでしょうか。
ちなみにアインシュタインは、アメリカ大統領のルーズヴェルトに原爆開発を勧める手紙に署名していますが、のちに「生涯においてひとつの重大な過ちだった」と悔悟したとされます。
終戦から79年。戦禍を再び起こさせない理性を、核兵器を二度と使わせない知性を、願ってやみません。
(映画上映の前に、みんなで夏野菜カレーを食べました)
(薬剤師:岡部 正史)